それでも、祝ってくれる人がいる

「・・・・・。」
僕は店の前で途方に暮れた。
突然の雨だった。
今は店の出入口の所の屋根が頭上にから濡れていないけど、ここから一歩でも出ればずぶ濡れになる。
朝は降りそうな感じではなかった。
だから傘を持って出勤しなかったんだがな。
普段なら濡れるのを我慢して走って帰る。
けど今はそうはいかないっていうのに。
「何だって今日なんだ。」
手にした包みに目をやって僕は溜息を吐いた。
上着のポケットに手を入れる。
そこには僕の誕生日を祝うメッセージカードが数枚入っていた。


そう、今日は9月19日。
僕が、アルベルト=ハインリヒが生まれた日。


東でも西でも、ドイツでは誕生日はクリスマスに次いで重要な行事。
会社でも、その日誕生日を迎えた社員の名前が黒板に書き出されたりする。
またお祝いのカードをもらったりもする。
今僕の上着のポケットに入っているのは会社の同僚達からもらった物だった。
僕は愛想が良くないし、つきあいのいいタイプじゃない。
でも何故か、今日は皆カードをくれた。
正直、驚いたけど嬉しかった。
この誕生日の行事の内容の一つに、誕生日を迎えた本人がケーキを買うなり作るなりして周囲の人間に振舞うというのがある。
会社の同僚達の分は昨日の内に買っておいて今日配った。
今僕が手にしているのは、これから同棲中の恋人と一緒に食べる分だったりする。
昨日の内に一緒に買っておけば良かったのだろうが、出来たてを持って帰りたかったんだ。
わざわざ彼女の、ヒルダの好みのケーキを焼いてもらった。
彼女と仲の良いこの店の店主に頼んで今日、僕が仕事を終えるまでに作っておいてもらった物だった。
後は帰るだけって事で店を出た途端に雨が降り出したってわけだ。
「さて、どうするか。」
まだヒルダも仕事でアパートには帰っていないだろう。
迎えに来てもらうというのはちょっと無理だ。
「なんなら包みなおすかい?」
店の中から、店主の親父さんが出て来て僕に言った。
割腹のある身体と丸い顔。
その顔に人の良い笑顔が浮かんでいる。
「油紙で包めば、君のアパートまでは持つだろう。」
「いいのかい?」
「ああ。大事なケーキを濡らしたくないだろうしね。」
「・・・・できれば、その油紙少し分けてくれないか?ポケットに同僚達からもらったカードが入ってるんだ。」
せっかく皆がくれたカードを濡らしてしまうのは申し訳なかった。
「それは、濡らしてしまうわけにはいかないね。」
僕と親父さんとでそんなやりとりをしていた時だった。
「アルベルト!」
突然、遠くから声がした。
大きな黒い傘をさしたヒルダがこちらに向かって走って来た。
「ヒルダ。」
「ここにいたのね。貴方の会社に向かったらもう帰ったって言うんだもの。貴方今日傘持っていかなかったでしょ?」
「君も持って出なかったじゃないか。って、その傘は?」
「会社で、置き傘してあるのに間違って家からまた持って来た人がいたのよ。それで借りて来たの。」
「丁度良かったじゃないか。これで濡らさずに済むね。」
親父さんは笑って僕に言った。
「ええ。」
ヒルダが僕の手に持っている包みに気が付く。
「それ・・・・。」
「ああ。これから君と食べる分だ。」
「ハインリヒに頼まれてね。君の好きなケーキだよ。」
親父さんが言った。
「そうなの?わざわざ焼いてくれたのね。おじさん有難う。」
ヒルダは笑顔で親父さんに礼を言った。
店を後にし、僕達は雨の中一緒に黒い傘におさまって帰り道を歩いた。
「帰ったら、急いでお料理作るわね。昨日の内に下ごしらえは済ましてあるからすぐに出来るわ。」
「そうか。楽しみにしてるよ。」
「ケーキ、おじさんに頼んでくれて有難う。」
「まあ、その・・・・せっかくの機会だしね。」
実は彼女の喜ぶ顔が見るのが目的だったりするんだけど、さすがに言えなかった。
ふふっとヒルダが笑った。

・・・・僕の考えている事、お見通しなようだ。

「有難うね、アルベルト。」
そう言うと、そっと彼女は僕に寄り添った。
「朝は忙しかったからきちんと言えなかったわよね。誕生日おめでとう、アルベルト。」
優しい微笑みを浮かべて、ヒルダは言った。
「ダンケ。」
僕も笑って答えた。
冷たい雨の中、傘の下のその空間だけは暖かかった。




「夢か・・・・・。」
目覚めると、ドルフィン号の自分の部屋だった。
俺はベッドから起き上がると時計を見て時刻を確かめる。
時刻は夜明けまであと少しといった所だった。
続いて、時計に刻まれている今日の日付けも。
顔が少しだけゆるんだのが自分でもわかった。
今日だったっけな。
だからあの時の、ヒルダとの事を夢に見たんだろう。
ここ数日は戦いだったから、すっかり忘れていたのにな。
俺は身支度を済ませて部屋を出ると、見張りを交代するために操縦室に向かった。
「おはよう、004。」
操縦室には既に一緒に見張りをする相手が来ていた。
「おはよう、002。」
今はミッションを終えた帰りだった。
久しぶりに全員集合しての戦いとなった。
予想していたよりは深刻な事態に発展しなかったので結構早くに片付いた。
俺と002は椅子に座ってモニターから外の状態を探っていたが、今は特に異常はなかった。
しばらくお互いは無言だった。
不意に002が口を開いた。
「今日って君の誕生日だよね。」
「・・・・ああ。」


そう、今日は9月19日。
俺が、アルベルト=ハインリヒが生まれた日。


「誕生日おめでとう、ハインリヒ。」
ミッション中はお互いの事はナンバーで呼ぶが、この時だけ002は俺の事を名前でよんだ。
「有難う。」
俺はそう答えた。
「003と006がさ、帰ったら腕を振るうってさ。プレゼントきちんと用意出来ないなって他の皆がぼやいてたよ。僕も用意出来てなかったけど。」
「別に気にしなくていいさ。気持ちだけ受取っておく。」
002の言葉に俺は少しだけ笑った。

ヒルダを失ってから、色々あった。

身体を構成していた血と肉がオイルと鋼に変わった。

戦いの中で出会い、死別した人もいた。

俺とヒルダが越えられなかった、あの壁が崩壊した。

そして今でも、俺の両手は血で染まり続けている。

それでも、今も俺が生まれた事を祝ってくれる人がいる。


それは多分、いいことなんだろう。



君がいない寂しさは今もあるけど。
君を死なせてしまった罪は決して消えないけれど。
俺は・・・・僕は生きていく。



これからも。


-了-




アルベルトへのメッセージ・・・「誕生日おめでとう。貴方の人生に幸せな時間が訪れるのを祈っています。」